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「サイコ」と私と「死の観念」 オカルト目線で読む多重人格探偵サイコ


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「多重人格探偵サイコ」大塚英志先生お得意の昭和臭を感じるオカルト具合が秀逸な漫画だ!

ここでは、ナチュラルボーン・オカルティストであるほぴっとんをハワハワさせた「サイコ」の見所をご紹介いたします。

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オカルト目線での見所!

「多重人格探偵サイコ」はセンセーショナルな部分も含め、魅力的な漫画!

オカルト目線で読むと面白さ倍増ですぞ!

獣の数字とバーコード

大塚英志先生(MADARA)のおかげで、めでたくムー民(学研ムーの愛読者)となったほぴっとん。

「サイコ」の1巻のラストで、雨宮一彦が「オレにもあるんだよ…左目のバーコードが……」と言った瞬間、ボルテージが臨界を突破してしまった!

「獣の数字」きた〜!!!

「バーコード=獣の刻印666」

オカルト界ではコレが定説!

獣の刻印666で国民全員を管理しようぜ!という企みがバーコードによってもたらされているのではないか?という陰謀論。

「獣の数字」は悪魔の子ダミアン(映画「オーメン」ダミアンは頭に「666」のアザがある)によって一般にも周知されたので、親しみやすい身近なオカルト。

マイナンバー制度の導入によって「獣の数字」が再燃したが、またもや下火に……。

「サイコ」の連載当時は終末思想がはびこっていたので、相当な熱狂ぶりでしたよ。

直接的に「サイコ」で「獣の数字」について明言する場面はありませんが、ガクソのやっていることはまさしくバーコードでの人格管理なのでベースには「獣の数字」があります。

今となっては情報が古いのですが、陰謀論者の間では「バーコード=獣の刻印666」は永遠のテーマなのだ!

オカルト満載の人体実験

「多重人格探偵サイコ」ではガクソなる組織によって、非人道的ともいえる実験が行われている。

戦後からの陰謀が現在に噴出する。

大塚節は健在だ!

人間のスペアを作ったり、人格を転移させてみたり、悪意に満ちた死を増殖する実験やら、やりたい放題。

学術的探究心に基づいて、思いついたことはすぐさま実行。

他者の命など興味なし!

恐るべき冷徹さを持ったガクソの連中こそサイコパスそのものだ……。

殺人プログラムを作って民族をコントロールする実験は、今もどこかで行われているかもしれない。

プロファイリングの必要性

「多重人格探偵サイコ」の連載が始まったのは、皆様もご存知の日本で起こったとある連続殺人事件によって、プロファイリングの必要性が叫ばれている頃でした……。

かねてよりアメリカでは怨恨による殺人ではなく「サイコパス」による異常な連続殺人が多発していましたから、足での捜査に限界があった。

よって、統計的な行動科学で犯人の足取りを追うプロファイリングの分析が取り入れられた。

アメリカで起こることは、10年後に日本でも起こると警鐘が鳴らされていたが、日本人特有の「ムラ社会遺伝子」の名残か?今のところ頻発はしていない……。

(情報規制されている可能性はあるが…)

しかし、潜在的にサイコパスの特徴を持つ人間が増加傾向にあると指摘する人もいる。

「サイコ」は時代を先取りしすぎた漫画なのだ!

私と「死の観念」

私事だが、ほぴっとんは「死の観念」に取り憑かれたことがある。

ほぴっとんの家は本ならいくらでも買っていいという教育方針?だったので、子どもの頃から興味を持ったら本をガンガン読んできた。

小さく見える太陽が地球よりはるかに大きい恒星だと知って感動し、宇宙関連の本を読み漁るも、すぐに宇宙人にハマるところがナチュラルボーン・オカルティストたる所以だろう……。

そんな中で、猛烈に興味を持ったのが「死」について……。

「死」は知ろうとすればするほど、遠ざかっていく観念だ。

人間は死ぬとどうなるのか?

誰も知らない死後の世界に異様な執着を持つも、大抵はスピリチュアル関係か宗教関係に行き着いてしまう。

それは、ほぴっとんが求めているものとはちょっと違う……。

誰も「死」に対する明確な答えをくれないので、余計に興味が湧く。

死体写真を読み漁ったり、猟奇な世界をのぞいてみたり、悶々として過ごした。

卒業論文に「世界の地獄の思想」をチョイスするあたり、相当こじらせていたと推察してほしい。

「死」はタブーで忌避すべきもの。

「死の観念」に触れると必ず、精神を病んでいるのではないか?とか若い身空でおかしなヤツだと思われてしまう。

そんなモヤモヤを晴らしてくれたのが「多重人格探偵サイコ」という漫画だ!

「サイコ」で描かれる死と記号

「多重人格探偵サイコ」の1巻のあとがきにおいて、大塚英志先生が「サイコ」の死体描写について私見を書いている。

確かにショッキングな漫画なので、懸念はあっただろう……。

少年誌に死体を描いて良いのか?

この問いに対して、

例えばSFまんがで、地球上の何割か死んだはずの出来事が描かれながら、たった一つの死体も描かれないというのがまんが表現に於ける〈死〉の描かれ方とすれば、〈死〉はやはり記号でしかない。

とのこと……。

死因がなんであれ、人間は生まれてきた以上必ず死が訪れる。

たとえ、それが残酷なものであったとしても、死を覆い隠さないでほしい。

漫画に死を描くことは不道徳だと思う方もいるだろうし、嫌悪感を抱く方もいるだろう……。

もちろん、不謹慎な漫画が増えていると憤る人たちの言い分もわかります。

しかし、日本人が死と縁遠くなったからといって、世界中で残虐なことが起こっている現実をどう思いますか?

無意識に本能的な恐怖である「死」を知りたいという感情はあって当たり前。

漫画の表現において「記号」ではない死を描くことの意義は、リアルさの追求だと思う。

「死」が漫画にとって禁忌となるなら、逆に現実世界での「死」を「記号」として受け取る人間が増えるのではないかと感じる。

正面切って、死が満ちた世界を描き切った「多重人格探偵サイコ」は、やはりほぴっとんにとって特別な漫画だ!

まとめ

後半、すこぶる個人的な感想になってしまった……。

お付き合いくださいまして、ありがとうございました♪


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